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偽善の優しさを捨てる

テロや凶悪犯罪の多発が、社会全体を淅瀝たる空気で覆う中、

社会的な「悪」が存在しているのは事実と言えます。

人々は何を悪と呼び、何故それを悪と見做すのでしょう。


人はそれぞれ、当たり前の基準や異なる価値観から、

空間そのものにも、物質的な現存にも、偽善の優しさにさえも悪を見ます。

この優しさの源は感謝されたい気持ちにあると、私は考えます。


不遇な環境で育った人々への支えとして、

とりわけ「人生を変えるのは自分だ」というマインドは、

これからの主体的な選択を手助けします。

毒親や事件の加害者を批難したり、過去を悔いても、

時間を巻き戻す事はできず、未来は拓けません。


しかし、目を瞑っても見える真理として、

子どもは親の道徳基準を軸に持っているのだと、

フロイトの人格発達理論にも記されています。


非行少年の更生ドキュメンタリーで親子の関係性を垣間見るにつけ、

厳しさのない愛や、見返りを求める関わりは、害にしかならない。

これらの事から察するに、無条件の愛でなければ依存を生むだけでしょう。


あなたは「悪」の意味・背景・根源を熟考した事がありますか?



カフカ

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